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東京高等裁判所 昭和52年(く)15号 決定

少年 I・O(昭三三・八・一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

少年の主張の要旨は、少年は二つの右翼団体に追われていたのであり、それさえなければ真面目に生活できたはずであつて、少年の希望するとおり、少年を保護施設に収容するのがよく、もし、そうでないならば、本件非行のうち交通関係を重視して、交通の勉強のできる施設に収容するのがよい、いずれにせよ原決定のように少年院に送致するのは不当であるというのである。

よつて記録(少年調査記録を含む。)を調査して検討する。

一  本件罪となるべき事実は、原決定が認定判示するとおり、少年は、

第一  運転免許をもつていないのに、昭和五一年九月一九日午後零時四〇分ころ、埼玉県川口市○○×丁目××番××号先道路上において、普通乗用自動車を運転し、

第二  運転免許を得る目的で反覆継続して自動車を運転していたところ、運転技術が未熟であつたから、一般道路上で自動車を運転してはならない業務上の注意義務があるのに、これを怠り、前記日時に、前記場所で、前記自動車を運転した過失により、右前方に停車中の自動車を避けようとして、ハンドルの操作を誤り、自車を左斜前方に暴走させ、前記番地先を反対方向から自転車に乗つて進行して来た○賀○子(当一一年)に自車前部を衝突させて転倒させ、よつて同女に対し全治約二週間を要する頭部打撲、右上腕、両膝部挫傷等の傷害を負わせ、

第三  同年一一月二七日午後一一時三〇分ころ、同市○○×丁目×番×号先道路上において、○林○治所有の普通乗用自動車一台(時価三〇万円相当)を窃取し

たというものである。

二  少年の非行歴をみると、

(一)  少年は、昭和四九年に無免許運転で罰金二万五、〇〇〇円に処せられたこと、

(二)  少年は、同年一〇月自動二輪車を無免許運転中、原動機付自転車と接触し、その塔乗者に加療約三月半を要する傷害を負わせ、かつ同年一一月、同年一二月、翌五〇年一月の三回にわたり自動二輪車三台を窃取した事件で、同五〇年二月二六目浦和家庭裁判所において保護観察に付せられたこと、

(三)  少年は、昭和四九年一〇月に一回、同年一一月に二回、同年一二月に一回自動二輪車を無免許運転をした事件で、右(二)のとおり保護観察中でありながら、同裁判所の呼出に応ぜず、検察官送致されたが、その公判にも出頭せず、後記(四)のとおりシンナー遊びで補導された機会に勾引、勾留され、その後同事件は少年法五五条により同裁判所に送致され、少年は同五〇年七月一日中等少年院送致決定を受けたこと、

(四)  少年は、同五〇年五月に友人とシンナー遊びをした事件で審判を開始されなかつた(少年院在院中のため)こと

が認められる。

三  次に保護処分の成績をみると、

(一)  少年は、昭和五〇年二月二六日保護観察に付されたが、保護観察の意味を理解することができず、父親と衝突し、仕事もせず、家出をして、友人宅などを泊り歩き、前記のとおり刑事事件の公判にも出頭せず、シンナー遊びで補導されるに至つたこと、

(二)  同五〇年七月に収容された静岡少年院では、入院当初に自傷行為で謹慎処分となつたほか、問題はなかつたこと、

(三)  少年は、同五一年四月一三日同少年院を仮退院したあと、父といつしよに働くことになつたが、父親と衝突して、働かず、父が後妻を迎えたこともあつて(少年の実母は同四九年宗教上の理由で別居し、音信不通。)、家庭が嫌になり、同年八月ころ○○○○隊に入隊し、同隊に住み込んだが、下働きをさせられるのが嫌になり、その矢先に同年九月一九日右○○○○隊の自動車を乗り出し、罪となるべき事実第一および第二の罪を犯し、その後一旦父のもとへ帰つたが、間もなく家出し、友人宅を泊り歩き、その間罪となるべき事実第三の罪を犯したことが認められる。

四  右のことを前提として、少年を保護施設に収容すべきである(とりあえず、少年法二五条二項三号にいう補導委託にしてもらいたい旨の主張と理解される。)という主張について考えてみると、もともと補導委託は家庭裁判所が保護処分を決定するまでの仮の処分であつて、せいぜい数個月しか続かないものであるが、右補導委託中の成績がよかつたとすると、やがてそれは保護観察処分に切り替えられなければならないであろう。そこでその保護観察が本件少年の場合に成功するか否かについて考えると、少年については、昭和五〇年二月の保護観察処分および少年院仮退院後の保護観察が、ともに失敗したことが、右に挙げた事実から明らかであるから、今後さらに少年を保護観察に付しても、成功は覚束ないと思われる。また、すでに少年院生活の経験のある少年を補導委託することは、少年を受け入れる施設の側からみても、他の収容者に対する影響などを考えると、困るような事態になるのではないかとも考えられる。このように考えると、少年を補導委託の処分に付することが適当であるとは思われない。

五  少年は、少年が本件犯行に至つた第一の理由は、二つの右翼団体に追われていたためであるから、保護施設に収容されれば、真面目に生活するともいう。

しかし、少年は、昭和五一年四月一三日少年院を仮退院したあと、父の営む土建業を手伝うことになつたが、父から小言を言われたりするので、仕事が嫌になり、家出し、友人に誘われて、自ら進んで○○○○隊に入隊し、住み込んだこと、その後、同隊に居辛くなつて飛び出し、一旦父のもとへ戻つたが、仕事はしなかつたこと、同年秋ごろ同隊員から隊へ戻るよう脅かされたりしたので、父の家を出て、○田○の家へころがり込み、ぶらぶらしていたこと、○○○○隊へ入隊したことはもちろん、同隊と縁を切ることについても、保護司や保護観察所に相談していないことが認められる。なお、少年は、暴力団のいる川口市から逃げ出したいために、罪となるべき事実第三の自動車を窃取してしまつたともいうが、少年は、昭和五一年一一月二七日に本件自動車を窃取したあと、川口市から遠ざかることもなく、相変らず、不良少年の溜り場のようになつている、同市内の○田○の家でごろごろしていて、同月三〇日逮捕されるに至つたのであるから、本件犯行は暴力団から逃げるためのものとは考えられない。してみると、少年が少年院仮退院後真面目に生活しなかつた第一の理由が、右翼団体或いは暴力団から追われていたためであるとは認めることができない。少年が真面目に働こう、立派な人になろうという気持を固くもたなかつたことが、本件犯行の第一の原因である。

六  少年は、本件の交通犯罪的性格を重視して、交通関係の教育を施こすことのできる施設に収容すべきであるともいう。しかし、少年は、無免許運転で警察から事件送致をされたのは、今回が六回目であり、しかも昭和四九年一〇月一六日自動二輪車を無免許運転中、原動機付自転車を追い越し中に、これと接触し、これに乗つていた中年の男性に加療約三月半を必要とする人身事故を起こしたのに、こりないで、無免許運転をくり返し、本件において、またも人身事故を起こしたことを考えると、少年は、なによりも、無免許運転をすると、事故が起きて、人が死んだり、負傷したりするかも知れない、人が怪我したら痛いだろうし、死んだらかわいそうだ、そういうことにならないように、無免許運転はしないでおこうという、基本的なものの考え方を身につけるのが大切である。ハンドルをどう握るとか、ブレーキをどう踏むかといつたような技術的な問題ではない。そして、右のような大切なものの考え方を教えるには、なにも自動車の運転、整備を教育することのできる施設でなければならないものではない。

このように考えると、少年を特別少年院に送致した原裁判所の処分が著しく不当であるとはいえず、少年の主張は採用できない。

よつて、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項により、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 綿引紳郎 裁判官 石橋浩二 藤野豊)

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